夏が近づくと、夏バテを防ぐために食事管理に気を配る人が増えます。そんな人にぴったりなのがうなぎです。うなぎはたんぱく質が豊富で、ミネラルやビタミンも多く含まれているため、消化にも良い食材です。日本では古くから夏バテ防止のためにうなぎを食べる習慣があります。代表的なうなぎ料理といえば「うな重」と「うな丼」です。では、この2つの違いを説明できるでしょうか。本記事では、「うな重」とは何かを紹介するとともに、「うな重」と「うな丼」の違いも解説します。
うな重とは?

うな重は主にうなぎを使った料理で、静岡県の名物としても知られています。県内にある浜名湖は養殖うなぎ発祥の地として名高く、日本で初めてうなぎの養殖に成功した湖です。浜松市には創業100年以上の老舗うなぎ専門店が数多くあります。うな重は、甘く香ばしいタレが特徴の関西風と、同じく人気の高い関東風の両方のスタイルで味わうことができます。関東風は、身が硬くなり過ぎないよう、その日のうちに買って焼き上げるのが理想的です。
うな重とうな丼の違いとは?

この2つの違いは、実はそれほど大きくありません。うな丼は丼ぶりで提供され、うな重は重箱で提供されます。この丼と重箱の違いとして現れるのは、主にうなぎの量です。一般的に、うな重1人前には、うな丼の約1.5倍のうなぎが使われています。品質そのものに違いはなく、どちらにも並盛と特盛などのサイズ展開があります。うな丼が誕生したのは日本の江戸時代後期とされ、一方のうな重は明治時代になってから登場しました。うな重には、料理を温かいまま客に届けるために重箱が用いられるようになりました。同じ量のうなぎを重箱に入れると少なく見えてしまうため、重箱用にはうなぎの量を増やした「大盛り」のような形が広まったと言われています。
うなぎの歴史
縄文時代の起源
うなぎは何千年にもわたり、日本料理に欠かせない存在として親しまれてきました。縄文時代(約1万~紀元前300年)に形成された貝塚の発掘調査では、5000年以上前のうなぎの骨が見つかっており、先史時代の日本人がすでにうなぎを貴重な栄養源としていたことが分かります。古代の和歌にも、うなぎはたびたび登場します。例えば有名な歌の一つでは、大伴家持が吉田連老にうなぎを勧め、その豊かな味わいと滋養をたたえています。
平安貴族と早期の記録
平安時代(794~1185年)になると、公家の間で食文化が洗練され、塩をふって蒸した白焼きのうなぎの繊細な味わいが好まれるようになりました。「うなぎ」という言葉は12世紀にはすでに文献に見られ、特に夏の暑い時期に、体力や健康を支える食べ物として人々に認識されていました。
中世の記録と蒲焼きの誕生
1399年(応永6年)の『鈴鹿家記』には、現存する最古級のうなぎに関する記述が見られます。この頃から「蒲焼き」という呼び名が使われるようになりました。その語源については諸説あり、丸ごとのうなぎを串に刺して焼いた姿が、ヒキガエルの耳(がま)に似ていたことに由来するという説のほか、焼いたうなぎの香りから、かつての「かばん」「かばや」という呼び名を経て「蒲焼き」へ変化したとする説などがあります。
室町時代の工夫
室町時代(1333~1573年)には、うなぎは塩や酢、味噌などと合わせて、比較的素朴な食べ方で楽しまれていました。時代の後期になると、「うじまる」と呼ばれる料理が考案されます。これは、ぶつ切りにしたうなぎを、醤油や酒、胡椒入りの味噌で味付けして焼いたもので、現代の甘辛い味付けにつながる先駆け的な料理でした。
江戸時代と現代風蒲焼きの確立
江戸時代、特に天明年間(1781~1789年)には、現在の蒲焼きの原型となる調理法が確立されました。うなぎを開いて串に刺し、炭火で焼きながら、甘い醤油ベースのたれを何度も重ね塗りして仕上げる方法です。関西地方から伝わったとされる、とろみのある濃厚な醤油の登場も相まって、照りのある香ばしい蒲焼きが生まれました。19世紀半ばには江戸(現在の東京)でうなぎ屋が数多く軒を連ね、真夏にうなぎを食べて暑気払いをするという考え方が広く浸透します。これが「土用の丑の日」にうなぎを食べる風習として定着していきました。
受け継がれる食文化の宝
先史時代のたき火料理から、洗練された江戸の料理技法に至るまで、うなぎの歩みは、日本人が川や海の恵みを、深い文化的意味をもつ料理へと昇華させてきた歴史そのものと言えるでしょう。
さまざまなうなぎ料理のスタイル

関東風では、うなぎは背開きにします。背から開いた身に串を打ち、そのまま焼くか、一度蒸してからタレをつけて焼き上げます。
関西風では、腹開きにしたうなぎに串を打ち、蒸さずにそのまま焼いてからタレをつけ、仕上げにもう一度焼きます。このように蒸しの工程を省くため、「地焼き」とも呼ばれます。
うなぎを上手にさばき、香ばしくおいしく焼き上げることは、非常に難しい職人技とされています。「うなぎは串打ち3年、割き8年、焼き一生」ということわざがあるほどです。
うな重に使われるうなぎ(うなぎ・Unagi)
日本では、うなぎの蒲焼き(Unagi Kabayaki)をご飯の上にのせて提供することが一般的です。焼いたうなぎそのものを「うなぎの蒲焼き(鰻の蒲焼)」と呼びます。これを四角い漆塗りの重箱「重箱(jubako)」に盛り付けた料理が「うな重(unaju)」です。一方で、うな重はうな丼よりも一般的に格上とされ、価格も高めに設定されています。うな重には、うな丼よりも多くのうなぎが使われるのが特徴です。
うな重の重箱の由来
うな重に使われる器や重箱の起源については、いくつかの説があります。その一つによると、明治18年ごろ(1868~1912年)、大のうなぎ好きだった劇場主・大久保今助が、うなぎを温かいまま届けてもらうため、籾殻を詰めた米俵のような容器に入れて運ぶよう求めたと言われています。この工夫により、配達の間に料理が冷めてしまうのを防ぐことができたのです。
うな重に関するFAQ
- Why are Square boxes used for unajyu?
重箱は四角い形状で、隅々まで美しくうなぎを盛り付けられるようになっています。
- What is the difference between (Nami)並, (Jyo) 上, and (Tokujyo) 特上 in Unajyu?
うなぎの質は同じで、入っているうなぎの量が異なります。
浜松でうな重が味わえる人気店

浜松には、おすすめのうな重専門店がたくさんあります。
うなぎ料理 あつみ
「うなぎ料理 あつみ」は、浜名湖産のうなぎをはじめとする国産の高品質な食材にこだわる老舗うなぎ専門店です。ここでは、食の安全性への高い基準が守られており、多くの人がうなぎ本来の味わいを求めて訪れます。創業1890年、100年以上受け継がれてきた秘伝のタレで焼き上げるかば焼きのうな重は格別。ひと口目から、香り高く豊かな風味のタレを楽しめます。JR東海道線「浜松」駅から徒歩約10分という便利な立地で、豊富なメニューから好みの一品を選べます。
うなぎ専門店 肥熊野
うなぎ専門店肥熊野では、浜名湖産のうなぎだけを使ったこだわりの料理を提供しています。ふっくらとした身や皮の食感を生かしたうなぎ料理に加え、塩ゆでした肝をわさび醤油でいただく「肝刺し」など、うなぎの魅力を余すところなく味わえる一軒です。浜松駅から徒歩約5分の場所にある、昔ながらの雰囲気を大切にしたうなぎ専門店で、こちらのうなぎはすべて蒸してからふんわりと仕上げ、好みに応じてあっさりめのタレを合わせてくれます。静岡県産の地酒やワインなどアルコール類も充実しており、うなぎ料理とともに楽しめます。
炭焼うなぎ 青家
以前は「炭焼うなぎ 寛太郎」の名で知られていたこちらの専門店では、特に身の厚い、厳選された高品質のうなぎのみを扱っています。基本は炭火で香ばしく焼き上げ、わさび醤油や少量の塩でシンプルに提供するスタイル。生簀から好みのうなぎを選べるのも、この店ならではの魅力です。かば焼きは、なめらかな口当たりを生む備長炭で丹念に焼き上げることで、ふっくらとした身と、炭火ならではの香ばしくパリッとした表面のコントラストが楽しめます。お米は農薬使用を極力抑えた「あきたこまち」を厳選して使用しています。
かねりんうなぎ店
「かねりんうなぎ店」は、備長炭で丁寧に焼き上げるうなぎと、代々受け継がれてきた「特製うな重のタレ」で知られる名店です。創業約70年、老舗ならではの奥深い味わいのうなぎを堪能できます。落ち着いた雰囲気の店内席のほか、天候が良ければ、美しい庭園を眺めながら中庭の席で食事を楽しむこともできます。
清水家
「清水家」では、その日の朝に仕入れた新鮮なうなぎだけを使い、注文を受けてから備長炭で丁寧に焼き上げます。うな重には肝吸いが付き、毎朝その日に提供する分だけのうなぎを仕入れ、火加減を細かく管理した炭火で一気に焼き上げることで、安定したおいしさを守り続けています。三代にわたって受け継がれてきた変わらない味を、家庭的であたたかな雰囲気の中で楽しめます。持ち帰り用のうなぎ弁当も用意されているので、自宅や宿でゆっくり味わいたい人にも人気です。










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